?が注目された第77期C ... 2018年の将棋界は、「羽生善治竜王が通算100期を達成できるか?」が大きく注目 ... Copyright© それら少年時代の内藤八段との対局について、谷川九段自身は以下のように … 将棋ウェーブログ , 谷川 浩司(たにがわ こうじ、1962年 4月6日 - )は、将棋棋士。 若松政和八段門下。 棋士番号は131。 兵庫県 神戸市 須磨区出身。. タイトル通算獲得数は歴代4位。 十七世名人の資格 を保持。. (adsbygoogle = window.adsbygoogle || []).push({}); 並の子どもなら、緊張して指し手が伸びなくなりそうなところを、しっかりと勝ってしまうのが、谷川少年の才能。, その翌年、同じ「さんちかタウン」で開かれた素人縁台将棋の催しで再び浩司君と対戦する機会があった。, 厚い将棋盤の前にちょこんと正座した少年を見たとき、盤と渾然一体になっているようで打たれるものがあった。, 2年生のときは内藤八段がスッキリ切られるように負けてあげたのが、3年生になると谷川少年が実力で負かしてしまった。, 「強い子はごまんといる。しかしプロになって大成する子は餅の粘りのようなものが将棋を指して感じられないとあかん。浩司君がそれだ。顔つきもいい。無口もいい」と内藤九段。, 谷川少年はその翌年、小学校4年生で棋士になることを決め、5年生で奨励会入りします。, それら少年時代の内藤八段との対局について、谷川九段自身は以下のように語っています。, 子ども時代に内藤先生に教わったのは二枚落ち3局ですが、いつも自分でも驚くほどよく指せた。, 谷川少年の将棋人生は、内藤八段との出会いがあったからこそ拓けたといっても過言ではありません。, まだアマ初段程度の谷川少年の将棋に、キラリと光るものを見出だせたのは、内藤八段自身が才能に恵まれた棋士だったから。, いくら溢れるほどの才能があったとしても、周りの人の支えがあってこそ、その才能は花開きます。. 杉本昌隆七段と藤井聡太七段による、師弟の同時昇級なるか! 2020 All Rights Reserved. 谷川少年はその翌年、小学校4年生で棋士になることを決め、5年生で奨励会入りします。 谷川少年の才能を見抜いた内藤國雄八段. 今から遡ること約半世紀、谷川浩司九段が小学校2年生のとき、神戸・三宮で開かれた将棋イベントに参加しました。, そこで、30歳の内藤國雄八段(当時)が駒の総数にちなんだ、40人相手の多面指しが行われ、少年はそれに参加しました。, そのとき、会場から拍手を浴びた少年が谷川浩司君、当時小学一年生で私との初めての出会いである。, 将棋に夢中な子どもからすれば、駒落ちとはいえ「プロに勝てた」という事実がどれだけ嬉しいことか。, 初対面の内藤九段は「あの子は大物になるよ。並の子と違って将棋の腰が座ってて迫力がある。プロにしたら八段は堅い」と語った。, 今ではあまり言われませんが、「プロになればA級八段は堅い」は、才能のある子を評する常套句の様なもの。, 天才の見る目に狂いはなく、「A級八段」の評価は、その翌年にすぐ覆ることになります。.