はい、本日はそんな口癖でファンに親しまれているプロレスラー武藤敬司さんについてご紹介いたしますね!, プロレスラーの方は女子プロレスラーの方とご結婚されてるイメージもあるんですが……武藤敬司さんの場合は可愛らしくて女性らしい方を捕まえられた模様。, 年末の笑ってはいけないシリーズですっかりレギュラーになっておられる強面のレスラーさんですが、武藤さんの恋を応援してあげる心優しい一面も持っておられんですね。 バトル・ニュースはYahoo!ニュース&グノシー&gooニュースなどにも記事を配信中!, ヨシタツがTBSドラマ『99.9-刑事専門弁護士-SEASON II』に出演決定!「WWEで学んだ演技力を総動員した」. 前田「なんかバブルの頃、当時変な心理セミナー流行ってたじゃない」 前田「タッグだったね。IWGPタッグだっけ?やったよね」, ――ケロ「越中さん(越中詩郎)と組んでて、木戸さん(木戸修)とやってたとき?」 武藤「今日はありがとうございました。前田さん、ありがとうございました!」 武藤「シングルはやってないです」 前田「それ勝手に使ったの?」 (前田の話を遮るように会場にゴングの音がけたたましく打ち鳴らされる), ――ケロ「では最後に観客の皆さんにご挨拶を」 専門誌はその現象を「木戸の異常人気」として伝え、後に木戸は「札幌男」と呼ばれるようになり、札幌ドームのこけら落としでの大会では全選手代表としてオープニングの挨拶まで行なった。, 木戸の存在が改めてクローズアップされたのが、1990年2月10日、東京ドームでの全日本プロレスとの対抗戦で木村健悟と組み、ジャンボ鶴田・谷津嘉章組と闘い、鶴田を相手に渡り合った試合であり、1992年から始まった天龍源一郎率いるWARとの対抗戦においてである。天龍のパワー、打たれ強さに多くの実力者がシングルマッチで敗れるなど苦戦する中で、関節技を主体とする木戸の存在が切り札としてクローズアップされる。 武藤「前田さんと刀の話したら20分すぐ終わるよ(笑)」, ――ケロ「刀の話はやめよう?!ここで刀の話はやめよう!二人は面白いかもしれないけど面白くないから!でも何度も対談やってるんですよね?」 武藤「いや、人前でやるのは初めてですよね?」 前田「いや、特注の。あつらえてもらって。でもそんときGUCCIって意味分かんなくて(笑)日本でまだブランドが流行る前だから、GUCCIのブーツとかエルメスのとかもらったよ。なんとかのシャツとか」 武藤「そう言われると、前田さんもちょっと前に先生になりそうになってましたよね?」 前田「あの頃はね、一番猪木さんが金持ってない時期ですよ。例のアントンハイセルの借金が60億くらいに膨らんでて(笑)毎月の利子があの頃バブルのときって金とるからさ8%、10%当たり前だった。60億の8%、10%っていくらよ?(笑)」, ――ケロ「えっ、これ生放送で喋っていいの……?」 武藤「そこまでやってそうだからね。俺、そのセリフでまだ覚えてんのが『俺の嫁になってくれねえかや』っていうセリフがある。それでそのセリフが悪いって。なにかがいけないんですよ。それで普通に『街で歩いてる女に言ってこい』って。普通に肩叩いて『俺の嫁になってくれねえかや』って……」, ――ケロ「それは仕込みじゃなくて?ストーカーじゃない」 前田「考えてないです」 武藤「えっ、昔新日本に入ったときって、新日本の会社からも給料あったけど、テレビ朝日からも給料出てましたよね?」 前田「なんで?」 前田「で、その頃初めて選挙出たでしょ。1回目落ちて2回目受かった?」, ――ケロ「1回目通って2回目落ちました」 前田「『前田さん、ズルいですよ!』ってね(笑)それで『武藤、殴れよ!』って言ったら、『いや、僕はいいです』って後ずさりすんだよ。『いいから殴れよ』って言ったら、またどんどん後ずさりすんだよ。『あれ?殴んないのかな?』って思ったら、武藤がピィーっと走ってきてランニングパンチ!幻の右だよ!(笑)」, (武藤と前田の後ろで山崎が照準を合わせる仕草からシャイニング式でぶん殴るジェスチャーをしておどける), ――ケロ「それでは最後に高山選手へエールを送っていただければと思います」 前田「あれ(オファーが)俺に来たのを坂口征二が横取りして武藤にやったんですよ」 武藤「俺、まだデビューする前の若い頃、猪木さんがふらっと道場に練習しに来たんですよ。1人で来たんですよ。それで、まだデビューしてないのに『武藤、悪いけどちょっと金無いからタクシー代貸してくれ』って(笑)俺1万円貸した。そのときの1万円って俺からしたらすごい貴重な1万円」 山崎「前回140kgになって『痩せる』って言ってたじゃないですか(笑)」, ――ケロ「140ですか?!」 武藤「言わされるんす。『アイツに言ってこい!』とかって。そんで『俺の嫁になってくれねえかや』『俺の嫁になってくれねえかや』って」 武藤「覚えてない……」 武藤「これ絶対オンエア出来ないじゃないか!(笑)」 前田「いや、クソガキは聞こえてないと思うんだけどね」, ――ケロ「これ明日Yahooニュース大変じゃない?(笑)でも猪木会長のカード全部使ったんでしょ?」 Copyright ©  バトル・ニュース All rights reserved. 武藤「……あっ!なんかどっかの企業かなんかの」 前田「聞こえないように、聞こえないように言った(笑)『クソガキが!』って言いながら帰っていったら、翌月にOUTSIDERっていうアマチュアの大会のスポンサー10社に全部国税入ったの。全部国税入って、その次の大会から全部スポンサー降りられた。スゴいっしょ?(笑)」 武藤「いなかったですね。高田さん(高田延彦)はいたんですけど」 26日、東京都・後楽園ホールにて『takayamania empire 2』が行われ、前田日明と武藤敬司が衝撃的な内容のトークバトルを繰り広げた。 残念ながら2018年の9月で「武藤敬司プロデュース店」としての営業は終了されるそうです。 ただ他にも武藤敬司プロデュースという触れ込みで「 焼肉武藤道場 」という店もあるようです。 これは 兵庫県や京都府にて今でも営業 しておられるご様子。      東京都千代田区外神田2-1-2東進ビル102 武藤「最初出てたよぉ~(笑)」, ――ケロ「俺たち無いよ?!ムトちゃんもらってたの?」 前田「俺、でもお前、GUCCIのブーツもらったよ、猪木さんから」 武藤「ちょうどそのちょっと先くらいで俺ね、『光る女』って映画出たんですよ」 武藤「なぜだかテロップが」 前田「武藤と絡んだら必ず顔面蹴ってやろうって(笑)俺がこうやってこうやってバーン!って(立ち上がって蹴るジェスチャー)やったら、『なんで顔面蹴るんだよ』って顔すんの(笑)」 武藤「酷かったですよ。大変だったもう。ああいう映画って寝る時間も惜しんでやったりするじゃないですか。大変だったですよ」, ――ケロ「映画自体も大変だったもんね。一週間で打ち切りになってね。すぐ映画館から消えたじゃん。客入んないから」 うーん……?インパクトありすぎてイマイチよく分かりませんね(笑), ジャニーズとかとは全く違う路線ですが、やはり武藤さんも男前ではあったという事なんですね。, ご自宅の価格は6000万円から7000万円くらいではないかと噂されているようです。, ご実家は山梨県富士吉田市。こちらにも時々帰っておられるようなんですが……なんだか「たまプラーザ駅」にもよく出没するとの情報あり。, 武藤敬司さんは全日本プロレスの社長さんでもあるので、だから時々ここでも目撃情報が出るんでしょうね。, 2015年10月から東京・池袋にて「武藤敬司プロデュース店」として「焼肉Dining610」という店が営業を開始し、武藤敬司来店イベントなど数々のイベントをしていたのですが……これはどうやら武藤敬司さんが経営していたとかではなく、あくまでプロデュースとしていわば名前貸ししていた模様?, 残念ながら2018年の9月で「武藤敬司プロデュース店」としての営業は終了されるそうです。, ただ他にも武藤敬司プロデュースという触れ込みで「焼肉武藤道場」という店もあるようです。, 焼肉好きとしても有名な武藤さんがプロデュースしたお店。ファンでなくてもぜひ一度は行ってみたいですね!. 前田「今から考えたら、入門したとき練習生で毎月10万円出たんでね、その頃って1977年やん?その頃って大卒の給料が10万円とか12万円とかそんなもんだよ」, ――ケロ「いいですよね、道場入って飯ついてて、巡業行ったら食事代も出て、洗濯したら洗濯代ももらって」 前田「猪木さん、アレで激変したんだよ。猪木さんって『1!2!3!ダー!』とか言うじゃない。それは昔からやってたんだけど、ワケの分からんダジャレ言ったりとか、『元気があれば何でも出来る』とかさ、ああいうキャラじゃなかったんだよ、昔。昔は寡黙でダンディーで」 武藤「えぇっ?!俺旅館でスッポンポンで前田さんのアレ(親指と人差し指でナニかを表現しながら)見たもん!」 新日本の札幌大会では会場中に応援ののぼりが立ち、札幌の後援者から贈られたハッピを着た木戸が登場すると大歓声が沸きあがった。木戸もその後押しに答え、佐々木健介をキド・クラッチで下した実績がある。 1968年10月に日本プロレスに入門し(入門の経緯は後述)、1969年2月21日にプロレスデビューし、ユセフ・トルコの付き人を務める 。 アントニオ猪木が日本プロレスを除名された翌日である1971年12月14日に、藤波辰巳共々日本プロレスを退団し 、1972年3月に新日本プロレスの旗揚げに参加。 !(テレビ東京)に登場した。, 2008年6月10日、全日本プロレス「武藤祭」にて西村修、松田納とのユニット「オサム軍団」として参戦。, 2010年2月22日、IGFプロレスリング「アントニオ猪木50th Anniversaryスーパーレジェンドマッチ」に参戦。, カール・ゴッチ源流のサブミッションを武器に周りの状況がどんなに変わろうと、対戦相手が誰であろうと自身のスタイルを貫き通した。そのこだわりぶりはボディスラムやブレーンバスターなどの汎用的な技でさえあまり使用することはなかったほどである。, 『週刊プロレスSPECIAL 日本プロレス事件史 vol.12』P8(2015年、, 『週刊プロレスSPECIAL 日本プロレス事件史 vol.3』P44(2014年、, https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=木戸修&oldid=79972371, ゴッチが木戸を認めるように、木戸もゴッチに対して心酔に近い感情を持っていた。第1次UWFに移籍した際も雑誌のインタビューで理由を「ゴッチさんに誘われたから」とコメントしていた。また、第2次UWFへ新日より移籍する選手が続いた頃、記者に「木戸さんは行かないのか?」と聞かれた際に「ゴッチさんがいないから」(当時、. プロレスラーの妻から見たノンフィクション本『妻たちのプロレス』は令和の“活字プロレス”!力道山、ジャイアント馬場、藤波辰爾、葛西純らの妻だけが知る真実とは... 【試合結果】10・8 HERO板橋大会 田中稔vs友龍 小波&百太聾 vsコマンド・ボリショイ&マリ卍 UTAMARO&日向小陽vsリッキー・フジ&米山香織, バトルエイドの全対戦カードと見どころを発表!“学生プロレス三冠王チャンピオン”児ーポ監督参戦!, 橋本真也復活祭7.13後楽園大会 橋本真也10周忌イベント 大地vs.永田、テンコジvs.中西&キャプテン, 【試合詳細】11・3 スターダム新木場大会 岩谷麻優&スターライト・キッドvs朱里&ひめか ジュリア&舞華vs中野たむ&白川未奈 刀羅ナツコ&鹿島沙希vs里歩&ゴキゲンです☆ 飯田沙耶&羽南vsビー・プレストリー&小波, 【試合詳細】11・7 新日本プロレス大阪大会 【IWGPヘビー級&IC】内藤哲也vsEVIL 【IWGP二冠挑戦権利証】飯伏幸太vsジェイ・ホワイト 【US王座挑戦権利証】KENTAvs棚橋弘至 【NEVER無差別級】鈴木みのるvs鷹木信悟 【KOPW】矢野通vsザック・セイバーJr. 前田「俺は武藤を一番最初によく覚えてるのは、猪木さんが例の心理セミナーに『お前ら行って来い』って言って、そんでね、俺と武藤と橋本(故・橋本真也さん)、蝶野(蝶野正洋)に話したから『お前らメキシコ一緒に4人で行って来い』って。3泊だか一週間だか忘れたけど。それ言ったときに、俺いたやん?武藤もいたやん?蝶野もいたやん?新日本の道場の横が広かったからタクシー呼んで、『俺イチ抜けるわ』って言ったら、武藤も『前田さん行かないんですか?じゃあ俺も行きません』って言って、結局誰も行かなかった(笑)」, ――ケロ「猪木さんに心理セミナーいけって言われたのは覚えてる?」 武藤「……んまあ、まあ、まあ、新日本に半分持っていかれましたけどね」, ――ケロ「半分持ってかれた?!猪木さんより酷いじゃん」 武藤「俺じゃないよ。あれは橋本ですよ」 経歴. 武藤「先輩から可愛がられてなかったから(笑)だいたい先輩が小遣い、洗濯代ってくれますよ」 前田「『お前がやれ!』って言う(笑)『お前がやって見せろ!』って(笑)」 (二人はしっかりと握手), 【試合詳細】8・26 TAKAYAMANIA後楽園ホール大会 鈴木みのる&鈴木秀樹vs丸藤正道&田中将人 永田裕志&大谷晋二郎&辻陽太vs小島聡&高岩竜一&北村彰基 前田日明vs武藤敬司 大仁田厚&樋口和貞&大家健vs 藤田和之&NOSAWA論外&FUJITA, 里歩離脱後の新生・我闘雲舞で中学3年生の現役アイドルや史上最年長の44歳の新人を含む6人がデビュー!, 【運 営】株式会社コラボ総研 前田「猪木さんで今でも覚えてるのがね、コンタクトレンズ、ソフトレンズが出たときにね『何やってんですか』って聞いたら『これ、コンタクトレンズ』って。『そんなおっきいお椀みたいなやつ入れるんですか』って言ったら『これソフトレンズっていうねん』って(笑)」 武藤「いや、あの……狙われてる気がしてましたよ……。ただ、ちょっと今のプロレス界と違って、もう少し先走りましたね」 前田「俺らもその頃テレビとか出てたけど、もらったこと無かったよ、ホントに」 武藤「前田さん、猪木さんの付き人みたいのやってたんですか」 前田「それは旅館じゃないんだ、外のスナックなんだよ」 前田「オイ、オイ、お前それ見てこう(武藤の指)だったってのは記憶違いだぞ。俺はこうやがな(股間から巨大な塔がそびえるようなジェスチャー)」, ――ケロ「これ生放送いいの?(笑)でもなんで殴り合ったの?」 前田「それで色んな人が『どうだった?どうだった?』って聞いたら、相米慎二って監督がメチャメチャ性格悪くて、武藤とか出演者全員怒鳴り散らされるんだって。それで武藤もブチ切れてて、『ああ、出なくてよかった』って(笑)」, ――ケロ「そんなにひどかったの?監督」 武藤「それとまたこれは別でしょう(笑)1万円返してもらってないし(笑)俺はもうカメラに向かって猪木さんに伝わるように言いますよ!(生中継のビデオカメラを探して向き直りながら)猪木さん!あの1万円貸して、金利でもう多分200万にはなってますんで(笑)」, ――ケロ「猪木さんの話は置いといて(笑)二人はタッグではぶつかったけどシングルではやってないですよね?」 武藤「暴露話をなんか(笑)」 前田「ありがとう!」 山崎「こないださ、『ヤバいんだよ、俺140kgになって』って。『これヤバいと思ったからダイエットしようと思う』って言ってたのに今日もっと大きくなってる(笑)」 武藤「あれ語りすぎて飽きた(笑)」, ――ケロ「でもアレ語る人によって言ってることが違うのよ」 武藤「それで俺も酔ってるからね、後出しジャンケンばっかりすんの(笑)俺だけ一方的に殴られんの(笑)」, ――ケロ「聞いた聞いた(笑)それで高田選手が見かねて、日明兄さんを羽交い締めにして『武藤、殴れ』って」      http://collabosoken.co.jp. 前田「でも俺付け人、酷かったよ。白いもんも赤いもんも一緒に洗濯しちゃうからさ、新日本の朱と白のジャージがさ、白い部分がピンクになってんだよ(笑)そんで洗濯物も乾かなくてね、そのまま出してたから」 前田「140くらい(笑)」 前田「武藤お前、俺達がイギリスから帰ってきて1試合1万5千円にするかどうかで、坂口征二と山本小鉄と揉めたけどな。1万5千円で死ぬかどうかで揉めたんだよ」 そしてWAR勢との5対5のタッグマッチに出場した木戸は脇固めやアキレス腱固めといった関節技で相手を苦しめ、天龍の右腕を破壊。試合終了までほぼ行動不能に追い込む活躍を見せ、新日本勢の勝利に大きく貢献した。, 2001年11月2日、横浜文化体育館で引退記念興行が行われ、長州力とタッグを組み、藤波辰爾・木村健悟組と対戦。一旦現役を引退した。この興行には、関東各地の後援者のほか遠く札幌からも応援隊が駆けつけ、試合後の引退セレモニーではカール・ゴッチからのメッセージが代読されるなどした。姉や愛娘2人がリングで花束を渡すセレモニーも続き、控室での本人のインタビューでは盛んに「家族」という言葉が発せられ、家族思いの優しい人柄が改めて確認できるものであった。, 2005年9月11日にビッグマウス所属選手としてビッグマウス・ラウドで復帰。2007年11月、ハッスルのハッスル軍コーチを務め、どハッスル! 武藤「俺まだ1万円貸したの返してもらってない。俺、金利34、5年分の金利だからね。多分100万円とか200万円とかになってますよ」 武藤「ジャンケンしてね」 武藤「でも俺酔っ払ってるから事実分かってないのよ」 武藤「俺、当時プエルトリコっていう国で試合してて、橋本と蝶野が来て、橋本がカード持ってて、向こうのプエルトリコの幹部の人達をみんな招いて『奢りだ!』なんつったりして(笑)猪木さんのカードで支払いしてましたよ」, ――ケロ「だから会長のお金がなくなっちゃうんですよ」 前田「テロップなんで?」, ――ケロ「日明兄さんは長州さんとか天龍さん並なの?(笑)」 山崎「暴露話なんて無いですよ。俺さっきから人の悪口ばっかり言ってるでしょう(笑)企業の悪口とか(笑)俺、向こうでね、放送席でね、生放送なんですから『僕らでピーって声入れます?』って(笑)」, ――ケロ「あとね、この20分の中で聞きたいことがあったの。これ関係者とかにすごい『聞いてくれ』って言われてて。あの旅館を壊しちゃった事件!」 武藤「クソガキなんて言うからですよぉ」 前田「もらってないよ」 武藤「またタイプが違う(笑)」 前田「俺が入ってすぐ、佐山さん(佐山サトル)が格闘技大戦争出たんだよ。それで抜けたから欠員が出て『お前やれ』っつって、右も左も分からんと、なんか知らんけど付き人やらされた」, ――ケロ「猪木会長の後ろで付いてますよ、昔のDVDとか見ると。日明兄さんがボーッと立ってますから」 武藤「アイツ、サイン上手いんだよ~。『アントニオ猪木』って、上手いんだよ~」 武藤「そうそうそうそう。セリフがおかしいって」, ――ケロ「そんなん言わされたら日明兄さんどうします?」 武藤「えっ……小沢一郎にクソガキって言ったんですか……」 武藤「……俺、こんなの頂きたくなかったですよ」 オカダカズチカの結婚した嫁とは?年収が驚愕の? オカダカズチカのプロレスとの出会いや小学生時代の秘話とは? オカダカズチカさんはプロレスラーとして 活躍をしている方です。 1987年11月8日生まれ … 木戸 修(きど おさむ、1950年2月2日 - )は、日本のプロレスラー。神奈川県川崎市出身。「いぶし銀」のプロレスラーと呼ばれる。長女はプロゴルファーの木戸愛。, 1968年10月に日本プロレスに入門し(入門の経緯は後述)、1969年2月21日にプロレスデビューし、ユセフ・トルコの付き人を務める[1]。アントニオ猪木が日本プロレスを除名された翌日である1971年12月14日に、藤波辰巳共々日本プロレスを退団し[2][1]、1972年3月に新日本プロレスの旗揚げに参加。藤波と共に西ドイツ遠征に出る。その後アメリカの「カール・ゴッチ道場」の門を叩き、ゴッチから直接レスリング技術を学んだ。ゴッチは木戸を「ムスコ」「私の領域に一番近づいた男」と評している。, 帰国後の新日本では、地味なファイトスタイルや寡黙な性格が災いして前座試合の出場がメインとなり、デビュー当初はライバルと目されていた藤波とは差がついてしまった。, 1984年9月から第1次UWFに参加すると徐々に評価が高まり、職人肌のグラウンド・テクニックは「いぶし銀」と呼ばれるようになった。また、1985年に行なわれたUWF内の格闘技ロード公式リーグ戦では優勝する。, 1985年12月に第1次UWFの崩壊に伴い新日本へ復帰すると、キド・クラッチや脇固めを駆使して活躍するようになる。1986年8月、前田日明とのタッグでIWGPタッグ王座を獲得した。, 大技の攻防が日常化していく1990年代以後の新日本の中で一人、地味ながら切れ味鋭いレスリングスタイルを貫いた木戸は「新日本の良心」として、特に札幌地区での人気はすさまじいものがあった。木戸自身と札幌とは特に縁があるわけではないが、新日本の札幌大会は藤原喜明のテロリスト事件(藤原の項を参照)に代表されるハプニングが頻発し、しっかりとした試合が提供されないことが多かったためである。 前田「でも俺は俺で覚えてるよ。分かんないけど、あのあとに藤原さん(藤原喜明)に『飲み直そう』って連れてかれて、訳わかんなかったけど、それは覚えてるよ」 ポルノグラフティ岡野昭仁の結婚相手は元タレント!嫁の画像はある?子供は3人で年齢は?. 前田「動けたらアカンねん。動けないほうがいいねんこうやって(寝たきりのジェスチャー)。高山は喋りがまずいフリして、俺が代わりにね、代表質問をする。俺がね、麻生大臣に『なんであなたの名前は英語で発音するとケツの穴になるんですか』って(笑)」 前田「人前でやるのは初めて。昔なかったっけ、番組で」 Copyright © 芸能人の嫁まとめ情報 All Rights Reserved. 前田「スッポンポンなってないよ」, ――ケロ「あれはムトちゃんと高田選手がスッポンポンになったんじゃないの?」 武藤「いや、行ってないです」 前田「高山に前向きな話。何ヶ月か前の文藝春秋読んだら、骨盤から骨髄液を取ってナントカ細胞を培養して、打ったら脊髄損傷と神経損傷が、受傷が早ければ早いほど治りが早くなるって。高山は時間経ってるから何回もやらなきゃいけないけど、やったらいいし、治療費も相当高いから。まあ時間はかかるんだけど、治る見込みがあるんだったら今のうちに高山にやって欲しいことがある。今のうちに。選挙に出て!れいわ新選組から選挙に出て国会議員になる!」 武藤「それサイズあったんですか?」 武藤「うん」 武藤「でもスッポンポンになったの覚えてます?」 前田「ジャンケンして、勝ったほうが殴ろうって。俺は言ったんだ、武藤に『何発か殴れ』って」 前田「あの頃はたしかに全然気を使って無かったんで、多分(滑舌が)悪かったと思います」 前田「あっ、洗濯代はもらってないよ。もらってないもらってない」 前田「いくら使ったの?いくら使ったの?(笑)」 オカダ・カズチカvsグレート-O-カーン, グレート-O-カーンが前哨戦を勝利の10連コンプ!遂に明日オカダ・カズチカと因縁のシングルマッチへ!, Fカップ帰国子女グラドルレスラー・上福ゆきがインターナショナル王座を獲得し「『東京女子ってこんなにPrettyなJapaneseたちがやってる』と海外に広めたい」, 【全文掲載】前田日明が武藤敬司とのトークバトルで「小沢一郎と揉めて全スポンサーにガサが入った」「体が動かない内に高山善廣はれいわ新選組で国会議員に」と衝撃トーク!. 武藤「俺使ってないもん。橋本が持ってたんですよ、猪木さんのカード」 そんなこんなでお2人は1992年にめでたくゴールイン!ご結婚されました。, そしてそんなお2人には息子と娘さんがおられるようなんですが……最近その娘さんのほうがテレビやネットで話題のようなんですよね。, いやー……武藤敬司さんのイメージを思うと思わず「嘘でしょ!?」と言いたくなるくらい可愛いですよね(笑), どうやら愛莉さんは芸能界で活動されたりもしておられるようなので、一般人ではないご様子。, 芸能人として活動しているのであれば通信制高校だったり、堀越学園のような芸能コースがある学校に通っているのでは。, 6歳の時に子役でテレビデビュー。小学生の時にはユニットを組んで歌手活動もされていたそうです。, そこまで本格的に芸能活動をされておられるのだったら確かに芸能活動が可能な学校に通っていると考えるのが普通ですよね。, 同じ武藤と言う名前の武藤十夢(むとう とむ)さんという方がAKBメンバーにいます。, あらー……なるほど。娘さんが芸能人という話が先行して、しかも武藤という名前の女の子がいたら確かに勘違いしちゃうかも。, 武藤さんの身体は、既に長年のレスラー生活によって満身創痍。左ひざを一回、右ひざに至ってはすでに4回も手術したそうです。, あー……やっぱりそうですよね。レスラーの人の身体の酷使っぷりは数ある職業の中でもトップクラスですしね……。, ひざを故障した直接の原因は若手時代から得意技としてきたムーンサルトプレス(コーナーポスト最上段から後ろ向きに宙返りをする技)を多用したため。, かなり高い位置からマットに落ちるので全体重がひざにかかるわけですよね。そりゃ壊れるって……。, ですが売れるためには見栄えが良くてド派手な技を使い続ける必要があったのかもしれません。, なんでも手術後の経過が順調に進んでいたので、嬉しくなってスクワットしたらひざの皿にヒビが入ってしまったのだとか……。, そんな武藤敬司さんですが、無茶をしていたという若い頃の顔はどんなだったんでしょうか。, あんな可愛い奥さんを捕まえられるくらいだから、やはりなかなかイケメンだった気がしますよね!, これは武藤敬司さん扮するグレートムタ時代。 武藤「『プロレスの砦』って番組できてもらって。どういうわけか、あの番組収録した後、テロップが流れてたんですよ」 前田「前回と同じよ、前回と(笑)」 前田「俺が?」 前田「俺のFacebookでつながってるアメリカのプロレスオタクがいて、俺を称えるビデオとか言って編集したの送ってきたんだけど、蹴り倒してるシーンばっかりですよ(笑)『いやー、つくづくコイツとんでもねーやつだな』って驚いた。『よくこんな蹴ったな』って」 武藤「俺も高山ほどじゃないけど、去年人工関節の手術をしましてですね、ちょい前に復帰して、番宣になるかもしれないですけど、8月30日はMASTERSという試合があって、そこでは俺一生懸命働くんですけど、まあいつかは高山もMASTERSに呼びたいなあ」 武藤「今日滑舌大丈夫ですか?(観衆へ)」 武藤「昔はコインランドリーなんて無かったっすからね。それこそ旅館のボイラー室とかで乾かしてたからね」, ――ケロ「大広間で寝て、ロープ張って干して、乾かないんだよね~」 前田「なんか、ワケ分からん度胸あるな、橋本(笑)」 前田「それは演技を磨くためってことで?」 武藤「いいアイデアですね~(笑)」 武藤「前田さんのね、暴露話ね、山崎さん(山崎一夫)さんがよく知ってんだよ。いっぱい知ってるよぉ~?(笑)」, 前田「なんかピーナッツみたいなおっさんが出てきたな(笑)」 武藤「それでもう映画は終わりだよ(笑)一応アレ、4億何千万かかけて、それで終わっちゃうよ」, ――ケロ「あれはギャラは良かったんですけ?」 26日、東京都・後楽園ホールにて『TAKAYAMANIA EMPIRE 2』が行われ、前田日明と武藤敬司が衝撃的な内容のトークバトルを繰り広げた。, 『TAKAYAMANIA ENPIRE』とは、昨年5月に試合中のアクシデントにより頸髄完全損傷と診断され、現在も怪我と戦っている高山善廣のために各プロレス団体や有志が協力し、クラウドファンディングで行われた支援イベント。昨年8月31日に行われた第1回大会は大盛況の内に終わり、今大会の音頭を取る鈴木みのるは、2回目となる今回の大会には選手やそれ以外の部門でも参加したいという逆オファーが殺到したと語っている。, この日、休憩明けに行われた前田日明と武藤敬司のトークバトルでは司会を田中ケロが務め、3人の会話のような形で進行した。, ――ケロ「こういうトークバトルって事前に何を話すかとか打ち合わせするじゃないですか。一切ないです(笑)なんか考えてます?」 山崎「これは前田さんが何言ってるかの解説に呼んだんでしょう?(笑)前田さん、また太ったでしょう」 前田「言わされんの?」 前田「聞こえるよね?」, ――ケロ「武藤選手が新日本プロレスに入ってきたとき前田選手はいたんですか?」 武藤「変態でしょ」 前田「なんか酔っ払ってね、分かんないけど」 前田「俺、民主党に頼まれて、色々やってたんだよ。それであることで小沢一郎とモメて、それで小沢一郎を怒鳴り倒して喧嘩して。『選挙出たいなら1億円持ってこい』って言うのよ。おかしいだろ小沢。でもね、怖いのがね、喧嘩別れしてその後『こんなん俺やめますわ』って小沢一郎に『このクソガキ!』って言った。ほんだらな……」 前田「セミナー行けって言われたの覚えてない?猪木さんに」 武藤「だけど……吉本興業よりいいですよね?(笑)」