> 7年契約ならそら手抜く時もあるよ 21: 風吹けば名無し 2020/11/03(火) 19:39:08.83 ID:JNkO4ZY/a まあ長期契約すると安心感で全く頑張る気無くなるのは仕方がない スポーツ 2019年シーズン中に、驚くような大型契約が話題になった。楽天・則本昂大投手が3年契約の最終年の今季前に、球団と話し合い、2025年までの7年契約を結んだことが明らかになった。これまでの契約を白紙にして、結び直してシーズン中に明らかにするという日本のプロ野球界では異例の形だった。 NewsPicks編集部が制作する 記事コンテンツが 全て閲覧できるようになります。, 海外メディアから 編集部が厳選した翻訳記事や The Wall Street Journal(日本版)で配信された記事を読むことが出来ます。, 今シーズン、プロ野球界で話題になったのが則本昂大の「7年契約」だった。ゆくゆくはメジャーに挑戦するとも言われた日本球界のエースは、なぜ楽天を選んだのか。後編ではその経緯と思いを聞く。, 筒香嘉智がタンパベイ・レイズへの入団を発表し、同じくポスティング制度を利用した山口俊もトロント・ブルージェイズに決まった。, 広島カープの菊池涼介も同制度を申請し、西武ライオンズの秋山翔吾は海外FA権を行使し、海を渡る。, 福岡ソフトバンクホークスの千賀滉大もかねてからメジャー行きを熱望していることが報じられているほか、北海道日本ハムファイターズの西川遥輝も新たにメジャー志向を明かすなど、一時落ち着いたかに見えた日本人選手のメジャー行きの波が再来している。, プロ野球界を牽引するスター選手が続々とメジャーを志向する中、そのひとりと目されていたのが則本昂大だ。, 2014年の日米野球、2015年のプレミア12、2017年のWBCなど、これまで何度も侍ジャパンのメンバーとして日の丸を背負い、メジャーの錚々(そうそう)たる選手たちと対峙してきた。, そんな中、今年7月に報じられたのは、「則本・楽天7年20億合意」(金額は推定)というニュース。「メジャー断念」「生涯・楽天」と書いたメディアもあった。, トレンドとは違う選択をしたことに驚きを覚えたファンもいれば、落胆するファン、そして勇気をもらったファンもいただろう。, 「今年はFAが絡む年(契約最終年)だったので、GMの石井(一久)さんと球団社長から『契約について、一度どこかのタイミングで意見交換をしておきたい』と言われていました。それで設けた最初の話し合いの場では、契約年数や金額の提示といった具体的な話はまったくなかったです。, ただ、石井さんからは『今年のオフ、則本が楽天に残ってくれることが最大の補強だから』とだけ言われました。たった一言だったけれど、僕はその瞬間、自分はもう他球団でプレーすることはないだろうと強く思ったんです」, 事実、則本も「わかりました。来年以降も楽天でプレーさせてください」とシンプルにその意志を伝えた。, 「その数日後です。19年シーズンから25年シーズンまでの7年契約を提示してもらった。こんなすぐ(条件を)出してくれるんだ、と驚きました。本当にそれが提示を見た僕の率直な感想でしたね。このとき細かい条項については話していないです」, 「(怪我を受けて)石井GMが『則本が試合に集中できる環境をつくるためにも、早く契約をしたい』と言ってくださったんですけど、(大型の条件提示をしてくれているのだから)「今年、シーズンを通して働けなくなってしまったから、内容を見直したほうがいいのではないでしょうか』と提案させてもらいました」, しかし、石井GMは言った。「今年だけだと思っていない。来年以降、戦えるなら大丈夫」。, 「そうであるならばシーズン中に発表をしたいです、と石井さんに伝えさせてもらいました。日本のプロ野球界で、再延長契約の前例を作りたいと思ったから。日本のプロ野球界では、契約期間中に(新たな契約を)組み直すことがない。でも、僕自身が『そういう選択肢もあるんだよ』ということをアピールできたらと思ったんです。, だからシーズン中に大々的に発表したかった。そうすれば後輩たちにも『日本でもこういう選択肢がある、頑張ればこれだけ長期の大型契約が組めるよ』と見本と言ったらおこがましいけど、示せるんじゃないかと思いました。もちろん、ああいう形で発表することには、球団への感謝もありましたし、自分のエゴもありましたけど」, 話は核心へと進んでいく。メジャーへの思いは“封印”したのか。則本は海を渡ることを“断念”したのか。, 「そもそも、僕はプロに入るまでメジャーリーグ自体に興味がありませんでした。イチローさんや松井(秀喜)さんが活躍していたのはニュースで観たことはあったけど、試合まで観たこともなくて。松坂(大輔)さんは憧れの人なので少し試合も観ましたけど、すごいなと思って観ているくらいで、『自分もいつかここで』と思ったことはありませんでした」, 2014年に日米野球に出場した際、アメリカ代表のジョン・ファレル監督が則本を評価したことで、彼の名前が未来のメジャーリーガー候補としてメディアで取り上げられるようになった。, 「お前メジャーいけるよ」「メジャーで活躍しているところを見せてよ」則本自身も、そんな声を掛けられるようになった。, 「そう言われて満更でもない気持ちも正直あったけど、一方で『俺ってそんな選手なんかな?』っていう思いもあり……。だから自分としては、何が何でも海を渡りたいという気持ちはやっぱりなかったんです」, 「行くチャンスがあれば行ってみるのもいいかな、とは思っていましたよ。それに今後行きたくなるかもしれないじゃないですか。将来どう考えるようになるかは自分でもわからないので。だから『興味はあります』って、今のうちから言っておいたほうがいいかなとか、そんなことを考えていました」, 「そうですね。数ある選択肢の中の一つだったということです。それは、昔からインタビューで何度も発言しています」, 「『未来の自分が何を希望するかわからないから』という感覚が大きかったです。多くのファンが想像するような、何が何でも行きたいから球団を無理やり説得して入れてもらう、みたいなことでは全然ない。, でも、いつのまにか世間では『則本は当然メジャーに行きたいだろう』という話になっていて……。僕の中では、メジャーへの興味のピークは2014年のオフから2015年半ばくらい。それ以降は世間が思っているほど行きたい気持ちが強かったわけではないんです。だから、今回の長期契約で日本に残ることを“決意”したわけでもなければ、もちろんメジャーへの思いを“封印”したわけでも、メジャー行きを“断念”したわけでもないんですよね」, まだプレーできる可能性も大いに残されている年齢だ。そのとき、もしかしたらメジャーに行きたいと思うことがあるかもしれない。, 「前回の契約のときも、未来にこんな大型契約が待っているとは思いもしなかった。だから、7年後のことは今の僕にはわかりません。もしそのときの自分がメジャーに行くことを強く望んでいたら、挑戦することもあるかもしれない。35歳の自分が何を思うか今語ることはできないので、そのときに考えます。ただ、今はっきりしているのは6年は楽天にいたい、という僕の意志だけ」, 「今回の契約では、ポスティングの条項も全部なくしました。そしてFA宣言をした上で残留という形をとった(編集部注:次のFA権取得まで4年が必要になる)。あと6年は楽天にお世話になるつもりです。こうやってしっかり宣言しておいたほうが、まわりもざわつかないでしょ。雑音が少なければ、その分野球だけに集中できる。僕にとってはプラスなんです」, 世間的には、「石井GMは自分がメジャーリーグという夢の舞台を経験した選手でありながら、則本のメジャー行きの夢を断念させたのでは」という見方もあった。しかし、則本はそれを真っ向から否定した。, 「メジャーのことは、最初の話し合いで石井さんのほうから振ってくれました。『自分はメジャーや日本の他球団でもプレーしているので、おそらくほかの人よりも経験値はある。いろんな方向からアドバイスができるから、則本の思っていることを率直に教えてほしい』と言われました。『メジャーに行きたい気持ちがあるなら応援するよ』とまで言ってもらったから、はっきりと覚えています。, それに対して僕が答えたメジャーへの思いは、すでに今お伝えした通りです。現段階では行きたいと思っていないと伝えたところから、今回の契約の話に入ったという流れです。僕の意向をちゃんと確かめてくれてからの交渉ですから、石井さんが僕を無理やり引き留めたと解釈している人がいるなら、それはしっかり否定しておきたいです」, もともとメジャー志向があったわけではないことは理解できるが、自分のレベルが上がってくれば、自然とさらなる高みを目指すようになるのがプロアスリートの性ではないか。, これまで多くの日本人選手が「もっとレベルの高いところで」「最高峰で」とメジャーを目指した。その感覚は生まれなかったのだろうか。, 「僕の中では、プロに入って今まで満足にシーズンを終えたのが1年目くらいなんですよ。あの2013年だけは本当に大満足で、ハッピーにオフを迎えられました。それ以降、『今年はやり切ったなぁ』と達成感を覚えたことがないんです。まだまだ足りないんですよ。日本球界で達成したいこと、記録に残したいこと、まだたくさんあって。, 僕ね、一応、小学校、中学校、高校、大学と、“お山の大将”でやらせてもらってきたんです(笑)。だから、自分より上がいることがどうしても許せない。, 仮に、もし今後僕がメジャーに行くことがあるとしたら、日本球界のお山の大将、もう上が誰もいないってくらいになってから行きます。実際、メジャーに行っている人たちはみんなそうですよ。日本でもうやることがないから行くんです。僕の場合は、自分もチームももっと強くならないといけないし、まだまだ日本でやることがいっぱいあるんですよね」, 一方で、同じ球団に長く留まることにも、成長、進化という点においてリスクが生じることもあるのではないか。, 「いや、自分がいる環境は変わらなくても、選手や首脳陣の入れ替えでチームの環境は毎年のように変わりますからね。常に変化はあるんですよ。それに対して、自分がいかに対応していくかがこれからの僕の課題。, 僕は少なくとも2025年まで楽天にいることになりますが、これから6年の間にはいろんな選手が入ったり出ていったりする。その中で、楽天というのはこういうチームだと自分が伝えていく役目もあるだろうし、そういう存在になっていけたらとは思っています」, このオフ、指揮官を務めていた平石、そして新人の頃から則本の球を誰よりも多く受けてきた嶋基宏がチームを離れることになった。, 先日仙台で行われたイベントでは、則本が涙を流しながら「一緒に野球ができて幸せでした」と嶋に花束を渡す機会もあった。二人が7年に渡って育んできた絆が垣間見えた瞬間だった。, 「嶋さんがいなくなるという現実と初めて向き合うことになって、今まで頼りすぎていたんだなと改めて感じます。技術的なことはもちろんですけど、精神的なこともそうだし、チーム全体のこともそう。あまりにも影響力が大きすぎましたから。, でも、いつまでも嶋さん、嶋さんと頼っていたらチームは強くなれない。精神的支柱の若返りは、強いチームには必要なこと。とはいえ、今度は自分がキャッチャーを育てていったり、チームを引っ張っていったりしないといけないと思うと、すごいプレッシャーです。今までとは役割が違うという自覚をもっと持たないといけないな、と」, そのためにも、今シーズンの長期離脱によってチームを外から見られたことは大いにプラスだったと則本は振り返る。, 「そういえば、少し前に石井さんにも言われていたんですよ。そろそろ年齢的にもまわりの人間関係や組織の全体像が見えるようになってくるから、選手ごとの接し方を考えながら若い選手を引っ張ってほしいって。ホントに見えてくるのかな?って思ってたんですけどね。でも、今となっては、あぁこういうことなんだなって、少しわかってきたような気がします」, 平石、嶋など、チームの功労者が去らなければならない状況に対し、ファンやメディアからも賛否の声があったことはどう思っているのか。, 「僕自身は、石井さんの思いに惹かれました。ほかの人たちがどう思うかは、まだ僕にはわかりません。ただ、僕は惹かれるタイプの人間だったということ。平石さんや嶋さんがいなくなることについて、どうして?と思うファンがいることも理解しているし、疑問を感じている人たちがいることも知っています。, 今、この球団の中で一番苦労しているのは石井さんだと僕は思っています。僕は石井さんの考えや心境を理解しようと努めているし、今回の改革には何か意図があるだろうと想像することは、少しだけできるようになりました」, 自分も、チームも「もう上がない」レベル、つまり“お山の大将”を目指す則本と、常勝球団を作りたい石井GM。楽天を日本一のチームに、そして世界に誇れる球団にという思いが、二人を共鳴させたのだろう。, 「あと6年やって35歳になって、石井さんがまだGMをやっていたとして、『楽天をもっと強くしたいから、則本、悪いけど退団してくれ』と言われたら、それはしょうがないと僕は思えます。組織を改革するときって、思い切ったことをしないといけないんです。, 選手たちは自分たちのことでいっぱいいっぱいだけど、組織の全体像を見られるようになれば、捉え方も変わってくる。だから、今シーズン外からチームを見たことは、僕にとっては本当に大きかった。, 僕は強くしたいんですよ、チームを。楽天イーグルスで何度でも優勝したいし、常勝軍団にしたい。日本球界を席捲する存在にしたいんです」, 則本はこのオフからもう一つ、プロ野球選手として新たな試みを始めることになった。2020年シーズンから1イニングごとに1万円を積み立て、公益社団法人「チャンス・フォー・チルドレン」を通じて、おもに東北の子どもの学習支援を行うことにしたのだ。, それに先駆けて2019年シーズン分として、背番号14にちなんで140万円を同団体に寄付すると表明している。, 「もともと何かやりたい気持ちはあったんですけど、何をやるかが具体化しなくて。グラウンドを離れていろいろと考える時間も作ることができて、今回の支援をすることに決めました。自分は小さい頃あまり裕福な環境にいなかったので、同じような境遇の子どもたちに何かできることができればと思ったんです。, 今年のファン感謝祭のとき、今江(敏晃)さんの引退セレモニーがあったんですけど、今江さんが熱心に支援活動をされていた支援先の団体の方々からたくさんのメッセージが送られてきていました。観ていてすごいなと思いました。, 今江さんの人柄もあると思うんですけど、やっぱりプロ野球選手である僕らにしかできないことがあるとそこで再認識できましたね。現役のうちからやることの意義を強く感じました」, しかし、本人が選手として味わった苦しみとは裏腹に、人間として、一社会人として得たものは計り知れない。心の進化を遂げたエースの2020年は、はたしてどんなシーズンになるのだろうか。, Twitter https://twitter.com/SportsPicks_NP 2019年シーズン中に、驚くような大型契約が話題になった。楽天・則本昂大投手が3年契約の最終年の今季前に、球団と話し合い、2025年までの7年契約を結んだことが明らかになった。これまでの契約を白紙にして、結び直してシーズン中に明らかにするという日本のプロ野球界では異例の形だった。 nikkansports.comに掲載の記事・写真・カット等の転載を禁じます。すべての著作権は日刊スポーツ新聞社に帰属します。, nikkansports.comに掲載の記事・写真・カット等の転載を禁じます。すべての. お客様のブラウザはジャバスクリプト(JavaScript)に対応していないか無効になっています。詳しくはサイトポリシーをご覧ください。, 楽天則本昂大投手(28)が、7年数十億円規模の大型契約を新たに結んでいたことが3日、明らかになった。, 3年契約の最終年にあたる今季を前に話し合いを進めてきた石井GMが「3月に結び直しました」と認めた。「みんな大事な選手ですが、本当に大事な選手。すごく実績を残してくれたことをリスペクトしている」とし、年数について「それ(7年)くらいの長い契約になる」とした。「シーズン中なので」と金額こそ明言しなかったものの「全てを見直しました」と説明。年俸ベースも今季の推定2億5000万円から上積みしていることを否定しなかった。, 旧契約に盛り込まれていた、19年オフにポスティングシステムを利用したメジャー移籍について話し合う条項も削除された模様。「仙台にしっかりと骨をうずめるという話をした。ウチと(長期)契約を結ぶということは、本人の希望はそういうこと(生涯楽天)だと思う」。海を渡る夢を封印し、かねて熱い思いを語ってきた20年東京五輪出場と、イーグルスのためだけに腕を振る。, (C)2020,Nikkan Sports News. 楽天則本昂大投手(28)が、7年数十億円規模の大型契約を新たに結んでいたことが3日、明らかになった。 3年契約の最終年にあたる今季を前に話し合いを進めてきた石井GMが「3月に結び直しました」 … 則本昂大 3.98 5勝7敗←7年契約の2年目; ロッテのここ4年間の順位 6→5→4→3; 相内誠、格闘技転向の理由を聞かれ「人殴って勝ったら褒められるんでしょ?」 ロッテ三家、渡邉、鎌田戦力外; もう西武とロッテの連合軍でcs戦えばいいだろ 2桁勝利をキープ。 則本昂大 年俸は? 年俸は旧契約の2億5000万円でしたが、 7年総額20億円の契約もようです。 1年あたり2億8500万円と言うことですね。 則本昂大投手は2013年の新人で15勝8敗、防御率3.34. 翌年以降も、14勝、10勝、11勝、15勝、10勝と. 則本昂大投手は入団1年目から5度の開幕投手をつとめ、今シーズン球団最多の6度目の開幕投手に指名。そして、楽天と最長の7年契約を結びました。この記事では、則本昂大投手の年俸、球速や球種、美人と噂の奥さんの話や身長、体重などプロフィールをご紹介。 楽天・辰己、ファン選出「ベストグラブ賞」で全体3位 「適当に捕っているだけなので」!? プロ野球, 楽天の則本昂大投手が12日、仙台市内の球団事務所で契約更改交渉に臨み、現状維持の年俸3億円プラス出来高でサインした。今季開幕前に2025年までの7年総額21億円の大型契約を結んでおり、来季はその2年目。国内FA権を行使して残留した右腕は自身の20勝とチームの優勝を誓った。(金額は推定), ルーキーイヤーから6年連続で2桁勝利を挙げてきた則本昂だが、今年は3月に右肘のクリーニング手術を行い、12試合登板で5勝5敗に終わった。「手術をして働けなかったので成績としては物足りない」としながらも「充実した1年だったかなと思います」と振り返った。, 常に第一線で活躍してきた則本昂にとって、リハビリ期間は貴重な時間になった。若手に自身の経験や考えを伝え、「そこで改めて自分がどう思って野球に取り組んでいるのかとかいうことも再確認できた。リハビリ選手の苦労も経験でき、成長できたなと思います」とプラスにとらえる。, その成果を発揮できたのが9月19日のロッテ戦だという。勝てば3位に浮上、負ければ自力でのクライマックスシリーズ進出の可能性が消滅する大一番。エースは8回を3安打無失点とロッテ打線を寄せ付けず、勝利に導いた。, 3年契約の最終年となる今季開幕前に契約を見直した。球団との話し合いで2025年までの7年契約を結び直し、シーズン中に明らかにした。「素直に嬉しかったです。そんな年数をもらえる選手は少ないのですごく有り難い」。一方で、来季から選手会長の肩書きがつくチームリーダーは、チームのことも懸念する。, 「6年間はこの球団にいる。その間に若い選手が育っていかないとダメだと思います。6年後にまだ僕がバリバリ1、2番目で投げているようじゃ、このチームはダメだと思う。僕がいる間に脅かすような選手が出てこないといけないと思いますし、若い選手と意見交換をしながら育成もしていけたらいいんじゃないかなと思います」, 色紙には「やっぱり、優勝したいので」と、「優勝」の2文字をしたためた。鈴木大地内野手や牧田和久投手が加入したが、楽天の未来を考えれば、若い選手の台頭が必要になる。自身については「20勝したい」と具体的な数字を示した。, 優勝――。その一点を見つめ、2020年シーズンもチームの先頭を走る。(高橋昌江 / Masae Takahashi), 大谷は+21億円、ダルは+4億円、田中は-9億円…米メディアが年俸との差で価値“査定”. 「今日は100パーセント、何でもすべて話しますから」そう言って、清々しい表情で我々取材陣を迎えてくれた東北楽天ゴールデンイーグルスのエース・則本昂大。入団1年目で15勝。センセーショナルなデ … 大谷は+21億円、ダルは+4億円、田中は-9億円…米メディアが年俸との差で価値“査定”, 「日本の野球はしっかりしている」 元U-23代表が頂点を極めた舞台で感じた強み(侍ジャパン応援特設サイトへ). しかしーー今シーズン、則本は楽天と7年20億(金額は推定)の大型契約を結ぶ。それは大きな話題となり、「メジャーへの思いを“封印”して挑戦を“断念”した」と報じられた。 ブラジル・メディアが明かす交渉の舞台裏とは?, 「契約更新の打診がなかった」ファン・ペルシがマンUへの“禁断の移籍”の舞台裏を暴露!古巣アーセナルのCEOを批判, Twitter https://twitter.com/SportsPicks_NP ニューストップ 日本通運「侍ジャパン」応援サイトでもFull-Countスペシャル記事を配信中!. 今季開幕前に、7年総額21億円の大型契約を結んだ楽天の則本昂大; 12日の契約更改交渉にて、現状維持の推定年俸3億円+出来高でサインした > 2019年シーズン中に、驚くような大型契約が話題になった。楽天・則本昂大投手が3年契約の最終年の今季前に、球団と話し合い、2025年までの7年契約を結んだことが明らかになった。これまでの契約を白紙にして、結び直してシーズン中に明らかにするという日本のプロ野球界では異例の形だった。日本選手の7年契約は松中信彦(ソフトバンク)以来。球団の則本昂に対する気持ちが伝わる内容だった。, 【PR】スランプ時には映像で確認 “広角打法”篠塚和典氏が語るDAZN(ダゾーン)活用法, 則本昂は先日、都内で行われたプロ野球選手、球団の慈善活動をサポートするBLF(ベースボール・レジェンド・ファウンデーション)のチャリティーイベント「BLF チャリティートーク2019」に出演した。その席で自身の契約について触れ、ファンへシーズン中にあえて公表した理由を明かした。, 「契約の組み直しという(文化)を日本でもやろうという風になればいいと思いました。選手の待遇改善という点でも大切なことなのかなと」, 球団の思いと、選手の地位向上がマッチした今回の契約。これが日本のプロ野球の改善になればという願いが込められていた。, トークショーでは隣にいた館山コーチから「7年で20勝ずつ勝てば……140勝。(24勝した)マー君のペースでいうと、160勝くらい勝ってくれれば、素晴らしい!」と実際は2019年から7年だが、シンプルに計算式を披露して会場を盛り上げると、エースは「その半分、勝てれば……」と控えめに返答。すると、そんな様子を見かねた館山コーチが「限界は作らない!」「投げる試合は…?」と語気を強めてあおると、則本昂は「全部勝つ!」と気合を入れて返すなど、絶妙な掛け合いを見せて、会場を沸かせていた。, 一時はメジャー挑戦への夢も明かしていたが、愛する東北、楽天に骨をうずめる覚悟、日本のプロ野球への愛着が伝わってきた則本昂の言葉だった。. NewsPicks発のスポーツメディア。記事、動画、イベントなどを通して「スポーツの見方をアップデート」していく。長友佑都氏、末續慎吾氏、清宮克幸氏ら豪華連載陣やインタビュー、スポーツの真相に迫る特集を更新していく。, いま、アンケートに答えてプレミアムプランに移行すると1ヶ月無料の特典が受けられます。. NewsPicks編集部が制作する 記事コンテンツが 全て閲覧できるようになります。, 海外メディアから 編集部が厳選した翻訳記事や The Wall Street Journal(日本版)で配信された記事を読むことが出来ます。, 「今日は100パーセント、何でもすべて話しますから」そう言って、清々しい表情で我々取材陣を迎えてくれた東北楽天ゴールデンイーグルスのエース・則本昂大。, 入団1年目で15勝。センセーショナルなデビューを飾ったあと、昨シーズンまで5年連続で奪三振王のタイトルを獲得した「球界の顔」でもある。, しかしーー今シーズン、則本は楽天と7年20億(金額は推定)の大型契約を結ぶ。それは大きな話題となり、「メジャーへの思いを“封印”して挑戦を“断念”した」と報じられた。, 初めて故障で長期離脱した2019シーズンを振り返りつつ、その長期契約の背景や真意について、ロングインタビューに答えた。, 1990年12月17日生まれ。滋賀県出身。八幡商高から三重中京大を経て2013年ドラフト2位で楽天入団。同年に15勝(8敗)を挙げ新人王に輝き、チームの日本一にも貢献。昨季はプロ野球新記録となる8試合連続2桁奪三振を達成。14年から5年連続で最多奪三振のタイトルを獲得。今シーズン途中、楽天と7年契約を結んだ。, 2019年2月、沖縄・久米島での春季キャンプ。則本は、これまで経験したことのない状態の良さを感じていた。, 前年まで、5年連続で奪三振王のタイトルを獲っている。今年も行ける──すでにそんな手ごたえすらあった。, しかしながら、3月11日、右肘関節鏡視下クリーニング手術を受けることになる。全治は4ヶ月と発表された。, 「想定外でした。たしかに、一昨年くらいから『そろそろクリーニングしたほうがいいかも』という話はあったんですけど、昨年のオフに肘の可動域を確認して、まだステイ(温存)でいいという判断だった。今年に入って投げていてもすごくいい感じだったんです。でも、ある日投げていたら骨棘(こつきょく)がパチッと飛んでしまった。それで急きょ手術をすることになったんです」, ルーキーイヤーから毎年のように開幕投手を務めた(唯一外れたのはWBCのあった2017年)が、故障により初めてその座を譲ることにもなった。, 「もちろん嫌だったし、だいぶ凹みましたよ。でも手術をすると決めてからは、早く終えてリハビリして復帰しようとすぐ切り替えることができた。肘をどうしようか、手術するのがいいのか、ステイで注射を打って誤魔化しながらやるのがいいのか、と悩んでいたときのほうが、ストレスは大きかったです」, 開幕戦こそ落としたが、翌日から5連勝。開幕ダッシュに成功し、一時は単独首位にも立った。, 「先発は5回、6回まで投げ切ってある程度試合を作れば、あとは野手が点を取ってくれる。そんな感じで、前半戦は特に野手が引っ張っていましたね。やはり浅村(栄斗)が来てくれたことは大きかったし、(ジャバリ・)ブラッシュの活躍もよかった。打線の核となる選手が2人いるのはすごく大きいこと。彼らに回せばなんとかなる、くらいの気持ちのほうが、ベストなパフォーマンスが出せることもありますから。, ピッチャーのほうも、1点2点は取られても大丈夫と割り切れるくらいが案外、良かったりします。そういう背景もあって、全体的に投打がうまく回っていたと思いますね。僕の目には王者の風格のある試合運びをしているように見えました。印象としては、一昨年に似た空気感。今年はいけるんじゃないか、と。だからこそ、僕もそこに早く戻りたいと感じました」, 初めて経験する葛藤と対峙する毎日の中で、チームメイトだった美馬学に「ゆっくりやりなよ」と、後輩の釜田佳直からは「急がば回れですよ」と声を掛けられ、なんとか気持ちを落ち着かせることができた。, 「監督だった平石(洋介)さんも、指揮官という立場的には早く帰ってきてほしいと思っていたでしょうけど、『後半戦で帰ってきてくれたらいいから、焦らずゆっくり』と言ってくださった。, 首脳陣やチームメイトがそういう言葉を掛けてくれたのは有り難かったです。トレーナーさんとも『今日はどこまでやっていいですか?』と綿密にコミュニケーションをとりました。自分が感じたことはすべて伝えたし、トレーナーさんのほうも、いいことも悪いことも包み隠さず率直に言ってくれて。チームメイトの励ましやトレーナーさんの支えがあったからこそ、自分が頭の中で描いていた通り、オールスター前に復帰できたとつくづく感じます」, 復帰戦は7月9日のオリックス戦。負ければ球団ワーストタイの11連敗となり、チームは借金生活突入となる一戦だった。, 則本は初球から149キロの伸びるストレートを見せ、離脱が嘘だったかのような投球でチームを勝利に導く。, お立ち台では「自分のいる場所はここだ」と安堵の笑顔を見せた。しかし、その言葉とは裏腹に、「俺、1軍に帰ってきていいんかな」という思いも抱いていた。, 「僕や岸(孝之)さんが離脱したり、不調だったりする中、空いた枠に石橋(良太)が入って、実力でチャンスを掴んだ。もちろん監督やコーチが我慢して使っていた部分もあったかもしれないし、運もあったのかもしれないけど、そうやってほかの若い選手が成長してチームが勝っているのを目の当たりにして、結果を残している若手の登板を奪ってまで(1軍に)帰ってきてもいいのかなって。複雑な思いはありました」, 最初の実践登板は1軍の本拠地である楽天生命パークだったが、観客は数百人。投げたとき、ボールをキャッチしたとき、打たれたとき、球の音が球場中に響いた。, 「だからこそ、満員の楽天生命パークの歓声がとても嬉しかったし、改めて有難いなと。復帰してみて、やっぱり1軍のマウンドが自分の居場所だなぁって感じました」, 復帰戦2試合目のオリックス戦(7月16日、京セラドーム)では負け投手となったが、3試合目の西武戦(7月24日、楽天生命パーク)では2勝目を挙げた。, そして、4試合目となる7月31日の札幌ドームでの日本ハム戦。初回に両チームが1点ずつを取った後、試合はしばらく膠着。7回表に2点の援護を受けるが、その裏に逆転された。, チームはそのまま負けを喫し、則本に二つ目の黒星がつく。7回をしっかり抑えれば流れが一気に流れが来る──そんな大切なタイミングでの逆転だった。, 「その前の登板、楽天生命パークの西武戦はいい形で試合を作れていたんですけど、雨でマウンドが少しぬかるんでいた中での投球だったこともあって、肘の張りが少し出ていたんです。, 日本ハム戦は、投げられる状態ではあったんですけど、正直不安はありました。自分でも覚えているのが、あの辺りから、自分の感情の起伏がちょっと激しいというか、制御しきれない部分が出てきて。実はそれから1ヶ月くらいは、自分の中でも“難しい時期”だったんです」, 「あの日本ハム戦、めちゃくちゃイライラしていたのは覚えています。なんで俺こんなイライラしてんねやろなって客観的に思うくらい。どうしていいかわからなくて。栄養士さんに相談したら『ガムを噛んでみたら』って言われたんで、2回からガムを噛んで投げました。ガムを噛むことで心拍数が安定するんですよね。, それで少し落ち着いて。ガムを噛めば落ち着くという自己暗示もあったと思いますけどね。だけど、次のメットライフドームでの西武戦(8月7日)も、内容は良かったけどちょっとしたことですごくイライラしていた。そういうときは、だいたい点を取られるんですよ。今、冷静に振り返ると、その要因はやっぱり手術したこととか……自分でも気づかないうちに、いろんなプレッシャーを抱え込んでいたんだろうなと」, 5年連続最多奪三振や6年連続二桁勝利など、続いている記録を継続したい思いもあった。しかし、離脱していた前半戦では、戦友でもある福岡ソフトバンクホークスの千賀滉大が、則本の代名詞とも言える奪三振を量産していた。, 「アイツ、えげつない数の三振を取ってましたよね(笑)。すげぇなぁって思いながら見ていましたけど、逆に吹っ切れました。, 記録っていつかは途切れるものだけど、続いているうちはやはりプレッシャーを感じます。そのプレッシャー自体は選手にとって幸せなものでもあるんですけど、一方で、そのプレッシャーがなければ余計なことは考えず、純粋に『この1試合』『この打者』と、目の前のことに全力で集中できるようになる。, そういう意味では、今は解放されてとても楽になりました。まぁ、千賀が奪三振王のタイトルを獲ったのは憎たらしいですけどね(笑)」, 育成入団ながら、“日本のエース”とも呼ばれるまでに成長した千賀は、かねてから則本のことを尊敬し、このオフは合同自主トレを志願してきた。, 「僕からしたら『俺になんでそんなに執着するの?』っていうか、もっと上を見ていいと思うし、アイツのほうが上を目指せるって純粋に思いますよ。もちろん、負けたくない気持ちはあります。それは誰に対しても。, だけど、この世界それだけでは生きていけないですから。冷静に考えれば、アイツは体も大きいし、ポテンシャルもずっと高い。あのフォークも、あの速い真っ直ぐも千賀しか投げられないですよ。だから、それだけの選手が僕のことを意識してくれているっていうのは素直に嬉しいです」, 今年の開幕戦、千賀のストレートは初球、第2球と連続して161キロをマークした。それを見た則本は、「1年もつんかな?」と心で呟いた。, 「試合の第1球目って、そんなにアクセルを踏めないものなんです。合わせに行くんですよ、普通は。それなのに、千賀はいきなりトップスピードからドンと入るでしょ。リミットないんじゃないかなって。でも、結局それで1年もったからすごい。, ただ、千賀があの数字を出したから、俺も行けるんちゃうかな、と思いますよね(笑)。復帰して、体が万全になったら来年(160キロが)出るかもなぁっていう想像がちょっとよぎりましたね。9月に入ってから体の状態や感覚もよくて、9月頭のヤフオクドームの試合で最速156キロも出ましたし。まぁでも、このくらいの歳になると年齢が二つ違うっていうのは結構大きいんで、(来年出せるかは)わからないですけど」, 「来年は千賀からタイトルを奪回したい?」と問うと、「奪三振王はもう千賀でいいですよ」と笑う。, それよりも──と続け、「ホークスファンに怒られちゃうかもしれないけど……」と福岡のファンに気遣いを見せつつ、こう言った。, 「それよりも、僕はホークスの前で胴上げがしたいです。しかも、千賀と僕が投げ合って。アイツの前で胴上げがしたい。やっぱり、それしかないでしょう」, ボタフォゴは本田圭佑との契約を破棄するつもりだった!?